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考えてみた。
2006 / 11 / 29 ( Wed )
度重なる不慮の事故に若干プッツン(懐かしい響き…)気味の私は、Story of the Year のUntil the Day I Die やAnthem of Our Dying Day や、Nickelback のHow You Remind Me やEvanescence の Bring Me to LifeやGoing Under を聴きながら、半分shoutしながら帰宅。やや危険人物。


子どもは子どもなりに考えているんだと思った出来事。
ある子がちょっと問題。思ったことをすぐに口にし、何ていうんだろう…、子どもの狡猾な部分を凝縮したような子がいる。その子は、きついことを平気で言うものだから、周りの子達が、時折、諭すことがある。
今日も、悪ぶったことを、それぞれが口にしているときに、その子が学校の友達に言ったことを自慢げに話し始めた。
「友達に、『お前なんか○○やぞ。』って言ってん。」
そうすると周りの子達が自分の言葉でこう言った。
「そんなこと言うなんて、友達じゃないやんけ。」
「友達やったら、言わへんで。」
「それは言ったらあかんわ。」
これで注意をした子達は大丈夫だ。誰かをいじめるなんてことはしないなと思えた。

ちょうど昼間に教育関連のニュースをあれこれ読んだところだったのだが、いじめのニュースがすごく多い。いじめ問題や履修問題などが重なって、校長先生ですら自殺することもあるのに、子どもに「死ぬな。命を大切にしろ。」なんてどうして言えるんだろう。何の説得力もない。死んだら楽だろう。でも、後に残される人たちのことを考えて踏みとどまってほしいものだ。私は自分の生徒が死んだら嫌だ。怪我をしても嫌だ。心が傷ついても嫌だ。赤の他人の私がそう思うんだから、親だったら、家族だったら、どうだろうと思う。
読んだニュースの中で、いじめられても言わないのはなぜかとアンケートをしたものがあり、「先生に言うと、更にいじめられるから。」とか、「言っても変わらないから。」と。小学生のアンケートには、「先生に言うのは、告げ口にあたるから。」という答えが多かったらしい。いじめる側に問題があるのに、『告げ口』することへの罪悪感を持つなんて、健気というか何というか…。それなのに、先生が逃げてちゃいけない。校長先生が自殺するというニュースを何度も見聞きしてショックだった。校長先生がつらいのもわかる。でも、校長先生を思う人たちが大勢いるはず。
ドイツでもIjimeについてのニュースが連日取り上げられているとか。アメリカではありえないと書かれている記事もあった。日本独特なのかな?それはわからないけど、私はいじめはなくならないと思う。じゃあ、どうしたらいいのかなんてこともわからない。

私がいじめられたときは、私の知らないうちに母親が学校にすっとんでいった。そしてぴたっとやんだ。針の筵にはかわりなかったけれど、エスカレートすることはなかった。でも、覚えているのは、先生が面倒くさそうにしていたこと。当時のクラスメートたちとは、今では何の関わりもない。同じ道を行くわけではないから、清々している。

いじめられたからといって、自らの命を絶って、自分の人生を終えてしまわないでほしいなぁと思う。その瞬間はつらいだろうけど、10年後は違う。学校やめてでも何でもいいから、生きていてほしいと思う。
そんなこと言いながら、私が発した一言が、周りの人を傷つけずに来たなんていうことも断言できない。私だって、いじめる側にいた可能性がある。人に不快な思いをさせた可能性がある。そう思うと本当に怖い。慎重に生きていかないといけないと思う。気づかずに傲慢になることが怖い。

ニュースを見る中で、いろんな案が出ていることを知った。いじめた者は学校に来てはならないことにするとか、いじめの判断基準はどうなるのかとか、いじめに遭った生徒は転校することができるとか。根本的に解決にはならないように思うけど、生き延びられるなら、何でもしてあげるべきだと思う。消えてしまう前にもう、子どもの大切さなんてわかりきったことなんだから。

親や教師、周りの大人が、子どもの出すサインをキャッチすることという一言があった。そして、同時にお手本になれるように努力すべきだと書かれた言葉が印象的だった。耳が痛い。大体、大人にできないことを子どもに強要することなんてできない。子どもの能力を低下させる大人の悪習慣ということで、夜更かしや朝食抜き、言葉遣いの悪さ、飲酒や偏食、挨拶について、挙げられていた。
そう、今の部署では、挨拶をしない子が多いことに驚く。前の部署では、挨拶しなければ、入室させなかった。挨拶するまで、しつこく繰り返した。マナーを躾けていくことって、やはり大切だと思う。脱線。
子どもが小さいうちは、自分と人を区別するような発想を持ち得ないと私は思っている。親が植えつけた区別を、大人の言葉を使う中で、いじめが生まれるんじゃないかと思うのだ。完全にきれいな土壌の中で、子どもを育てていくことは難しい。テレビやネットから、いろんな情報が入ってくるから。でも、多数=善ではないということや思いやりを持つことなどは、伝えていきたいと思った。


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コメント
--いじめについて--

長文になってごめん。

>多数=善ではないということ
当たり前なんだけど難しいですよね。
出る杭は打たれる、って諺が良くも悪くも日本を凝縮してるように、人より秀でたものや劣るもの(=人と違う)は目立っちゃうんですよね。

>親が植えつけた区別
いじめの根本ってのは日本社会の"右に倣え”や”長いものに巻かれろ”的な考え方から欧米の”それぞれの個を受け入れる”社会のようにならないとなくならないんじゃないかな、と最近思ったりしています。

いじめられていても『学校に行かなきゃならない』っていう考え方にしちゃった親や学校の教育?にも問題があると思うけどね。結局は大人が子供の出すサインを見逃さないってコトになるけど、、、なんだかすっきりしないんですよね。子供は、親には絶対に自分がいじめられているって知られたくないから、日常でそんなそぶりを見せないし、でもどこか不自然さがあれば、それを見逃す親にはなりたくないなぁ、と思うhitcでした。
by: hitc * 2006/11/29 09:25 * URL [ 編集] | page top↑
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先生!忘れ物(上で書き忘れ)しました。。。

パンダ、見つけたんで置いときますね。
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/wallpaper/0607/wallpaper.shtml
by: hitc * 2006/11/29 09:31 * URL [ 編集] | page top↑
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胸が痛むニュースが多いですよね。
特に校長先生や先生方の自殺・・・すごく複雑な気持ちになりました。可哀相なのと同時に腹も立ちました。「命を大切に」って、子供に教える立場の人が自殺を選ぶなんて。辛くても現実と向き合う姿勢を子供たちに見せてあげて欲しかったです。
生きたくても生きられない人が大勢いる・・・自殺したりしたら、悲しむ人が絶対いる・・・自分の命、周りの人の命、もっと大切にして欲しいです。そういう社会になるといいです('_')
by: yuki * 2006/11/29 18:47 * URL [ 編集] | page top↑
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Bring me to lifeシャウト!いいっすねー。
なんとなく気持ちが疲れてるときって、Evanescence効くよね。
悩んでる子どもにも聴かせたいかも。
エイミーって実際本当に、心の悩みを抱えた子たちのセラピスト的な役回りになることが多いんだそうです。
思春期の頃って、ほんと頭の中ぐちゃぐちゃで、自分でもわけがわからなくてどうしようもないような感情を抱えていたりするけど、そういうとき、音楽って、すごく大きな助けになると思うんですよね。
by: ゆら * 2006/11/30 00:31 * URL [ 編集] | page top↑
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イジメは中国にもあります。勉強勉強で忙しい中国人の中でも力を持て余してイジメる人がいるそうです。日本の『無視』みたいな暗いのはないって話。
学校のイジメ問題考えるときにいつも忘れちゃいけないって思うのは、イジメる側の心のケアも必要だってこと。もちろんイジメられる子により多くのケアが必要だってことはわかる。でも、イジメた子がふとした瞬間に『これ悪いことだな』って気がついた後に周りの友達からイジメられないように怯えながら罪の意識に苛まれているのもまた事実。今イジメの自覚がない子もきっとオトナになる前のある瞬間に罪の意識に気がついて同じように悩むときがくる。そんな子たちが勇気を出して『ごめんなさい』を言える社会の雰囲気は今の日本にはないかもしれない。恵介はイジメにしろなんにせよ『他人を思いやる気持ち』が大切だと思う。周りと歩調を揃えるのも大切かもしれないけど、オトナたちも勇気を出して『他人への思いやる気持ち』を実践して子供たちのお手本にならないといけないなって思う。

by: 恵介 * 2006/11/30 08:33 * URL [ 編集] | page top↑
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hitcさん
そう、難しいです。ただ、尊重されるべき多数意見と許されない多数意見があると思います。じゃぁ、どう判断するの?って尋ねてくる生徒もいます。自分がされたらどうなの?って言ってわかってくれる子の方が、多分、たまたま多いですが、年齢問わず、『ああ、言っても無駄だな。』って感じる子もいます。長いものに巻かれていれば、とばっちりを受けないという空気が流れているのを感じたこともあります。一人一人はやさーしいぃのに、残念だなぁと思ったことも。
子どもの出すサイン、日頃からコミュニケーションが取れていないと無理ですよね。hitcさんは大丈夫だろうなぁ。世のお父さん・お母さんはすごいなぁと思うのは、自分ひとりの問題だけでなく、子どもの問題も抱えて自分のものにして、一緒に解決していくっていうところです。hitcさんはきっと見逃さない!って思います。

パンダ、ありがとございます(>_<)やっぱり、今、時代はパンダへ向かっていますね(断言)!





yukiさん
そうですね。本当に。年も立場も関係なく、生きててほしいです。辛いことなんて、たくさんあって当たり前。でも、楽しいことも少しはあるし。3年後には幸せを感じる時間が増えているかもしれないし。嫌になったら、何もしなくていいから、とにかく息だけしといてくれたらいいと、私は言うと思います。
産休に入る同僚を見ていると、命を産み出すまでの苦労や奇跡を感じられます。すごい大変な思いしてるから、自分を大事にしてほしいなぁと思いますね。





恵介さん
いじめる側の心のケア。今日、一日、ずっと考えてしまいました。
私がいじめられたとき、私の方にも大問題があったので、一方的にいじめた子達が悪いとは思いません。たいしたいじめでもなかったし、どうにかしたいというような気持ちはないから、自分のことは引き合いに出さないで考えてみました。確かに仰るとおり、いじめた側がいじめられる側になれば、同じことの繰り返しですね。いじめは悪いことだけど、ニュースを見ている限り、いじめる側への対処方法には偏りがあります。そう、教育再生委員会ががんばったところで、根本が理解されていないと、何も変わらないですね。生徒が、学校で配られた文科省からの用紙を持ってきました。持って帰れと言われただけで、持って帰らない生徒がほとんどだったそうです。他人を思いやる気持ち、伝えられてるんだろうかと思います。やっぱり、道徳の授業がないこと、国語を芯から教えられる先生が少ないことが問題だと個人的には思っています。
問題が起きたら、そのことを大騒ぎするけれど、今も昔もいじめや自殺はあったんですよね。何かがずれてるように思うのは私だけかな。人間なんて浅はかだから、ずれたまま進んでいくしかないのかな…。うぅぅん、でもでもでも、人を思いやる気持ちの大切さは、私も伝えていきたいなぁと思います。



by: taiko * 2006/11/30 17:58 * URL [ 編集] | page top↑
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